「インクルーシブ」とは?

インクルーシブってどういう意味?

「仲間はずれにしない」「みんないっしょに」という意味です。

英語で「エクスクルージョン(exclusion)」=「排除」の反対語が「インクルージョン(inclusion)」。つまり、「排除しない」ってことだよ。

私たちは、「障がいのある子どもたちが、健常な子どもたちと共に学び、共に生活して行くことが当たり前」という社会になってほしいと願って活動しています。

大人になっても、みんながお互いに認め合って、障がいのある人が地域の中で生活し、仕事をしたり、ショッピングしたり・・・。そんな、ごく当たり前の生活ができる世の中になってほしいと思っています。

もう少しくわしく知りたい人のためにイラストを使って説明しますね。

排除・分離・統合・包含

①左上:排除。社会から障がいのある人たちが仲間はずれにされています。
②右上:分離。障がいのある人たちが集まっていますが、健常者集団(=一般社会)とは分離されています。
③左下:統合。社会全体のなかには入っていますが、その中で障がいのある人たちだけが小さなグループとして分離されています。
④右下:インクルージョン(包含)。障がいのある人もない人もみんないっしょに生活しています。

日本の学校はどうなっているかと言うと、
特別支援学校 →分離(右上)、特別支援学級 →統合(左下)の形態です。私たちが目指すインクルーシブ社会とは、右下の図、「みんないっしょに」の状態です。

  私たちは、たとえ重い障がいがあっても、本人や保護者が地域の学校や通常学級で友だちと一緒に学びたいと希望すればそれが認められること、複数の選択肢から学びの場を選ぶことができることを望んでいます。
  社会全体としてはインクルージョンの方向に舵をとりつつ、とても障がいの重い子や、自らの意思で従来の教育を希望するご家庭のために特別支援学校・学級という選択肢を積極的に残そうという立場をとっています。一方で、 非常に障がいが重い子も含めてすべての子どもを例外なく通常学級に入れるべきだとする考え方はフル・インクルージョン論と呼ばれます。また、十分な支援や環境を整えないまま、通常学級に障がいのある子どもを入れることは、ダンピング(放り込み)と呼ばれ、インクルーシブ教育とは全く異なるものです。

”平等”と”公平”のちがい

平等(Equality)とは、全員に同じ量を均等に配分すること。
公平(Equity)とは、全員が同じ状態になるように、量を調整して配分すること。

※日本語では“平等”も“公平”もほぼ同じ意味で使われますが、英語では上のようなニュアンスのちがいがあるようです。

”平等”(EQUALITY)と”公平”(EQUITY)のちがい

背の高さがちがう3人が野球の試合を観戦しています。フェンスが高くてよく見えません。ちょうど踏み台が3つあります。どう使いましょうか。
 左の絵では、3人が踏み台を1つずつ均等に使っています。背の低い人はそれでも試合を見ることができません。
 右の絵では、背の低い人が2つ、中くらいの人が1つの踏み台を使っています。3人とも目の高さが同じになり、試合を見ることができました。
 この絵は障がい者福祉の世界ではよく引用されます。左側が「平等」(Equality)、右側が「公平」(Equity)と書いてあります。
※この絵にはいくつかのバージョンがありますが、オリジナルの出典はこちらです。
“Interaction Institute for Social Change | Artist: Angus Maguire.”
https://interactioninstitute.org/illustrating-equality-vs-equity/

  障がいのある人たちが、みなさんにとってごく当たり前の生活を送るためには、たくさんの困難があります。だから、まわりの方々の助けが必要です。他の人よりもたくさんのサポートが必要です。それを特別扱いしてもらってずるいと考えるのではなく、ほかの子どもたちにとっては当たり前の学校生活を同じように過ごすために必要な配慮(「合理的配慮」と呼ばれます)だと、ご理解いただけるとうれしいです。
 また、障がいのある人にやさしい世の中は、一般の人たちにもやさしい世の中です。そんな社会をみんなでつくっていきましょう。

「最大多数の最大幸福」という言葉があります。できるだけ多くの人々に最大の幸福をもたらすことが、社会にとっての善である。という考え方です。私はこの考え方をごく自然に受け入れていました。しかし、障がいのある子をもって初めて気づいたことがあります。社会全体の利益のためならば、一部の少数の人が不幸せな状態になっていても、それは仕方のないことなのだろうか?

 この考えに対しておかしいんじゃないのと異議申し立てをしたのがアメリカの政治哲学者ロールズの「正義論」。現実の社会は平等ではなく、大きな経済的・社会的格差があります。機会均等と言うけれど、現実には競争をするにしても、みんなが同じスタートラインに立っているわけでなく、スタート時点で有利不利の大きな差がついています。高学歴の家庭で育った子ほど、大学に進学する率が高い、給料の高い会社に就職している率が高い、という事実がその例です。資本主義の競争社会ではスタート地点でのハンディキャップは致命傷になりかねません。だから、まずは公正な競争ができるように、不利な状況にある人たちが置かれている状況を改善するべきだと主張しています。

人間には努力で何とかできることとそうでないことがあります。障がいのある人は、自分の意志で障がいを持ったわけでもなく、病気とはちがって障がいは治せるものでもありません。健常者と同じスタートラインに立って公正(フェア)な状態で生活できるように、まずは不利な状況をなくす努力をしようという哲学がこの絵の背景にあります。


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